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名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)157号 判決

控訴人 原告 近藤広作

訴訟代理人 山本正男 外一名

被控訴人 被告 国

訴訟代理人 林倫正

主文

原判決を取り消す。

別紙目録記載の不動産が控訴人の所有に属することを確認する。被控訴人は控訴人に対し、右不動産につき名右屋法務局広路出張所昭和三三年一〇月三一日受付第二三〇八七号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用および書証の認否は、左記のように附加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

一、物納制度は、納税に関し金銭の支払に代えて他の財産をもつて納付するものであるから、若し物納許可によつて物納財産の所有権が直ちに国に帰属するものとすれば、租税債権も亦その限度において即時に消滅せねばならぬ筈である。しかるに、財産税法施行規則第六〇条によれば、財産税は物納不動産の所有権移転登記完了の時まで消滅しないと規定せられている。すなわち、右規定によれば、物納の許可があつても、物納不動産の所有権は直ちに国に帰属することなく、その所有権移転登記完了を俟つて初めて国の所有となるのである。このことは、物納の性質が一種の公法上の代物弁済であり、代物弁済は現実の給付行為の履践によつて効力を生ずることから見ても明白である。

二、右のように、物納の許可のみによつて租税債務は消滅しないものであるから、租税債権が物納許可後においても消滅時効にかゝる余地あることは当然である。すなわち、本件において、控訴人は昭和二二年二月昭和税務署長より財産税の納付を命ぜられ、その納期限を同月末日と定められたのであるから、右納期限の翌日たる同年三月一日より消滅時効が進行した訳である。しかして、本件物納不動産について昭和三三年一〇月三一日所有権移転登記がなされるまでの間、被控訴人においてなんら時効中断の処置をとらなかつたのであるから、右財産税は物納不動産の所有権移転登記あるまでに、既に消滅時効により消滅していたこと明白といわねばならない。したがつて、右財産税の存在することを前提としてなされた本件物納不動産の所有権移転登記の無効なることは勿論で、右不動産の所有権は依然控訴人に属すること多言を要しない。

三、本件不動産(建物)について所謂非課税の取扱がなされ、固定資産税が賦課されていないことは、被控訴人の主張のとおりであるが、このこと丈から、右不動産か物納許可と共に国の所有に帰属したものとはいゝ得ぬのである。右建物は従来から貸家であり、現在も賃借人が居住しているのであるが、被控訴人がその所有権を取得したと称する物納許可後においても、国より居住者に対し全然賃科の請求をしていないのである。このことは、被控訴人自身右不動産を国の所有として扱つていない証左である。

四、物納不動産の所有権移転登記は、税務官庁が物納許可後、納税者の協力を要せず一方的になし得るところである。したがつて、右物納許可後、財産税につき直ちに消滅時効が進行を始めると解して、少しも不都合ではない。本件において、被控訴人が物納不動産につき所有権移転登記を経由したのは、物納許可後一〇年余を経過した昭和三三年一〇月三一日であり、右は財産税消滅後になされた登記としてその無効なること勿論である。基本たる財産税が時効により消滅したのに、その収納手続たる所有権移転登記が有効である筈はないからである。

五、控訴人が税務署に提出した嘆願書(乙第九号証)は、控訴人が税務当局に対し物納に代え金銭納付をもつて事を解決したい旨希望を具申したものに過ぎず、時効利益を抛棄する意思があつた訳ではない。又、かりに右が時効利益の抛棄にあたるとしても、租税債務については時効の利益の抛棄は許されず、時効完成により租税債務は確定的に消滅してしまうのである。

(被控訴代理人の主張)

一、物納制度は、金銭の給付に代え他の財産を移転することによつて納税義務を履行するものであるが、その手続としては、物納財産の所有者から申請があり、これに対し税務署長が許可を与えることによつてなすのである。物納許可によつて、民法上の代物弁済に準ずる公法上の契約が成立したと見るか、又は一種の行政処分が成立したと考えるかは、議論の存するところであるが、何れにしても、これにより代物弁済的な公法上の効果を生ずることは疑ない。なお、昭和二二年政令第一〇九号において、収税官庁が物納許可後一方的に物納不動産の所有権移転登記をなし得ることを定めたのは、物納不動産の所有権が物納許可と共に直ちに国に移転することを意味するものである。

二、財産税法施行規則第六〇条によると、物納不動産につき所有権移転登記がなされたとき、初めて財産税の納付があつたものとなされているが、右規定の趣旨は次のように理解すべきである。すなわち、物納許可によつて物納不動産の所有権は直ちに国に移転し、且つ財産税は消滅する。しかしながら、若し右不動産について所有権移転登記がなされるまでの間に、納税者が該不動産を他に二重譲渡したり、その他納税者の責に帰すべき事由によつて滅失毀損せしめたときは、一旦消滅した財産税は再び復活するのである。それ故に、租税行政上の取扱としても、帳簿の記載に関し不動産の所有権移転登記がなされるまでの間財産税の納付があつたものとせず、形式的に租税が尚存続するものとして処理し、右の登記完了を俟つて租税の納付済の手続をとるのである。

三、本件財産税は、前述のように税務官庁の物納許可によつて消滅したものであるが、かりに控訴人主張のように物納許可後も存続し、消滅時効にかゝる余地があるとしても、控訴人の主張は次の理由によつて不当というべきである。

(1)  物納許可後の財産税の消滅時効は、その時効期間を一〇年として計算すべきである。すなわち、財産税は元来金銭をもつて納付するのが原則であるが、税務官庁により物納の許可があるときは、その内容が更改され、納税者は国に対し当該財産権を移転すべき債務を負うに至るのである。換言すれば、租税債務の内容が金銭の支払をなすべき債務から物の引渡をなすべき債務に変るのである。ところで、会計法第三〇条の時効に関する規定は、公法上の金銭債務に限つて適用され、右のような物の引渡をなすべき債務には適用がないのである。この場合には、民法第一六七条第一頃による原則規定が適用され、その時効期間は一〇年となること明白である。本件において、控訴人は昭和二二年一〇月二〇日昭和税務署長より物納の許可を受けたのであるから、同日より消滅時効期間が進行した訳であるが、控訴人は昭和二七年七月二三日同税務署長に対し、本件物納不動産に関する所有権移転登記の承諾書を提出して(右登記は元来税務署長において一方的になし得るのであるが、当時の係員の誤解から控訴人に対し承諾書の提出を求めたのである)、財産税債務の存在を承認している。したがつて、右承認行為により本件消滅時効の進行は中断され、同日より改めて時効期間が進行し、前記所有権移転登記のなされた昭和三三年一〇月三一日までの間には未だ一〇年の消滅時効期間は満了していないのであり、右登記手続の有効なること勿論というべきである。

(2)  控訴人は、本件財産税に関し右の外左記の如き承認行為をなし、時効の完成を妨げている。すなわち、(イ)控訴人は昭和二二年六月一日より同年八月九日までの間、前後四回にわたり、本件財産税の一部たる金二万八四四七円を納付して、債務の存在を承認した。(ロ)同年一〇月二〇日昭和税務署より、本件物納の許可書の交付を受け、財産税の存在を黙示的に承認した。(ハ)又、控訴人は昭和三〇年中二回にわたり、昭和税務署を訪れ、本件物納不動産について早く所有権移転登記をなし呉れるよう催告し、右債務の存在を承認した。

なお、控訴人は昭和三三年八月一六日昭和税務署長に対し、本件財産税の物納を金納に変更せられたい旨上申したが、右は財産税の時効完成後とすれば、時効完成の利益を抛棄したものであり、これにより債務は復活したのである。

(3)  控訴人は、本件物納の申請と同時に、財産税の物納猶予の申請をなし、昭和税務署長より徴収猶予の許可を受けた。したがつて、被控訴人としては、控訴人に対し本件物納許可後も税金の督促又は滞納処分をなし得ぬ訳であり、物納不動産につき所有権移転登記のなされた昭和三三年一〇月三一日までの間、時効期間の進行は停止され、消滅時効の完成する余地はなかつたのである。

(4)  財産税法施行規則第六〇条にいう物納不動産に関する対抗要件とは、必ずしも所有権の移転登記のみに限らず、その保存登記をも含む趣旨である。被控訴人は昭和二七年一〇月一六日、本件物納不動産につき物納許可を代位原因として控訴人のため所有権保存登記をなしたから、これにより同法条にいう対抗要件を具備した訳である。しかして、当時未だ本件財産税につき消滅時効は完成していなかつたこと明白であるから、右登記は勿論有効であり、この時本件財産税は納付されたものとみなされ消滅したことになる。

四、税務行政の実際として、財産税について物納の許可があつたときは、じ後固定資産税に関しいわゆる不課税の処置がとられている。本件においても、被控訴人は控訴人に対し右のような取扱をしており、このことは、上述のように、財産税に関し物納の許可があれば直ちに物納不動産の所有権が国に帰属することを裏付けるものである。

(双方の新立証)

控訴代理人は、甲第六号証の一ないし三を提出し、当審における控訴人近藤広作の本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。被控訴代理人は、乙第三ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二および第一三号証を提出し、当審証人安井修、同無藤淑蔵の各表現を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、控訴人が昭和二二年二月昭和税務署長より、財産税として金二四万一八七〇円を、同月末日限り納付すべき旨告知を受けたこと、控訴人は右税額を全部金銭で納付することが困難な事情にあつたため、同月一五日同税務署長に対し、右のうち金七万九二三五円を別紙目録記載の不動産をもつて納付したき旨、いわゆる物納の申請をなし、同年一〇月二〇日同税務署長より、右物納の許可があつたこと、ところが、その後一〇余年を経た昭和三三年一〇月三一日に至り、同税務署長は右物納許可を登記原因として、前記不動産につき名古屋法務局広路出張所受付第二三〇八七号をもつて、大蔵省名義に所有権移転登記手続をなし、同年一一月四日控訴人に対し収納済証書を送付して来たこと、以上の事実はいずれも当事者間に争なきところである。

控訴人は、前記財産税は、本件物納不動産(別紙目録記載の建物のこと、以下同じ)につき所有権移転登記のなされた昭和三三年一〇月三一日当時、すでに消滅時効の完成により消滅しており、右所有権移転登記手続は無効であること明白で、本件不動産の所有権は依然控訴人に属している旨主張する。

よつて、以下、控訴人の右主張の当否について判断する。

二、財産税法第五六条第一項にいわゆる物納なるものは、同法所定の一定の事由が存する場合に、金銭の納付に代えて金銭以外の財産権を移転して租税債務を消滅せしめる制度であり、納税者よりの申請にもとづき税務官庁がこれを許可して行なわれるのである。すなわち、納税者よりの申請と、これに対する税務官庁の許可とをもつて成立するのであり、民法第四八二条の代物弁済に類似する一種の公法上の契約と称すべきである。

ところで、一般に、民法上の代物弁済契約においては、当事者間に代物弁済の目的たる財産を相手方(債権者)に移転し、これにより本来の債務を消滅せしめようとする合意が成立する丈では足らず、更に進んで、右権利移転の対抗要件を具備したとき、これを不動産についていえば、代物弁済の目的とせられた不動産の所有権移転登記を完了したとき、代物弁済契約の効力を生じ、弁済の対象たる債務が消滅すると解せられている。この点、財産税における物納については如何に考うべきであろうか。思うに、財産税の納付を命ぜられた者より物納の申請があり、これに対し税務官庁の許可があるとき、物納契約(一種の公法上の契約と見るべきこと前述のとおりである)は成立し、これと同時に物納物件の所有権は国に移転するが、物納の物象とせられた財産税そのものは、右物件の権利移転の対抗要件を具備したとき、初めて消滅するものと解するを正当とする。これを詳述すると次のとおりである。まず、納税者より特定の物件を物納として提供したき旨の申請があり、これに対し税務官庁が許可を与えるときは、右物件の所有権は直ちに国に移転する。このことは、当事者たる納税者および税務官庁の意思に合致するのみならず、財産税法の附属法令として公布せられた昭和二二年六月二七日政令第一〇九号に「収税官庁は物納許可と同時に物納不動産の所有権移転登記を職権をもつて嘱託し得る」旨規定していることに徴しても明らかである。そこで、次に、右物納許可と同時に財産税自体も消滅するかどうかについては、物納の法律的性質とも関連し甚だ疑問の存するところである。被控訴人は、右物納許可と同時に財産税が消滅することを極力主張するが、当裁判所の見解によれば、財産税自体は物納許可と同時に消滅することなく、右は物納物件につき対抗要件が具備せられるまで存続し、対抗要件の具備を俟つて初めて消滅するものと考える。このことは、本件において物納許可の際控訴人に交付せられた物納許可書(成立に争のない甲第二号証)に、「許可後においても、その財産の引渡又は所有権移転の登記その他によつて第三者に対抗する要件を具備するまでの間に、右の財産が著しく変化を生じたときは、物納税額が変更せられる」旨記載してあることや、財産税法施行規則第六〇条において、「……物納の許可を受けた税額に相当する財産税は、物納に充てようとする財産の引渡、所有権移転登記、その他法令により第三者に対抗することのできる要件を充足したときにおいて、納付があつたものとする」を明規し、右規定の法意とするところが、対抗要件充足の時期まで財産税の納税義務を存続せしめ、物納許可後における物納物件の二重譲渡等により国の権利取得が不能又は困難となることを防止し、もつて国の財産税徴収を可及的確保強化しようとするにあることや、更には、物納制度なるものか前示のように民法上の代物弁済契約に類似する性質を有することなどに鑑みると、財産税における物納については、物納許可と同時に財産税は消滅せず、物納物件につき権利移転の対抗要件が具備せられて初めて消滅に帰するものと考えるのが妥当である。被控訴人主張の如く、物納許可後は物納不動産に対して固定資産税の賦課が停止せられることや、又は、税務行政の実務において物納許可により財産税が一応消滅したものとして帳簿上処理せられる場合のあることは、必ずしも上記の解釈を防げるものでなく、この点の被控訴人の所説は賛同しがたい。

そこで、本件について考えるに、控訴人は前述のように財産税額二四万一八七〇円のうち金七万九二三五円につき、本件不動産による物納の申請をなし、昭和二二年一〇月二〇日右物納の許可があつたのであるから、右物納許可と共に本件不動産の所有権は国に移転したが、その負担する財産税自体は、じ後においても依然存続し、所有権移転登記の完了を俟つて消滅する関係にあつた訳である。

三、よつて、次に、控訴人の時効の主張について検討する。

上記のように、控訴人は本件財産税を昭和二二年二月末日限り納付すべき旨告知を受けたのであるから、右財産税については、右納期限の翌日たる同年三月一日より起算し、会計法第三〇条所定の五年の期間を経過した昭和二七年二月未日をもつて消滅時効が完成する計算となる。被控訴人は、本件財産税の納税義務の内容は、前示物納許可により、金銭の給付をなす債務から物の引渡をなす債務に更改せられたのであるから、右納税義務については会計法の規定の適用がなく、民法第一七六条第一項により一〇年の時効期間に服すべきである旨主張する。しかしながら、およそ租税債務の時効については、租税債務が公法上の金銭債権たる性質を有する関係から、会計法第三〇条の適用を受けることは明白で本件における如く、偶々物納許可により金銭の支払に代え他の財産権を移転して債務の履行をなす合意が成立した場合においてもそれが租税債務たる本質において変りなき以上、会計法第三〇条の適用(少くとも類推適用)あるものと解するを相当とし、したがつて五年の時効期間の経過により消滅するものと考うべきである。

ところで、控訴人が、昭和二二年六月一日より同年八月九日までの間数回にわたり、昭和税務署長に対し本件財産税の一部(合計金二万八四四七円三六銭)を分割納付したことは、成立に争のない乙第五号証の記載によつて明らかであり、又、控訴人が同税務署長に対し、昭和二七年七月二三日、本件物納不動産に関する所有権移転登記の承諾書を提出したこと(尤も、この時は登記申請書類の不備により移転登記はできなかつた)は、控訴人名下の印影について争なく、その他の部分も真正に成立したと認められる乙第二号証によつて窺知するに十分であるから、これらの各日時において、控訴人は税務官庁に対し本件租税債務の存在を承認したものと認むべきである。したがつて、本件財産税に関しては、控訴人の右各承認行為の都度時効が中断せられ、その最後の承認があつた昭和二七年七月二三日の翌日より再び時効期間が進行し満五年を経過した昭和三二年七月二三日をもつて消滅時効が完成したものと解すべきこと明瞭である。

被控訴人の主張によると、控訴人は昭和三〇年中二回にわたり、昭和税務署を訪れて、本件物納不動産につき早く所有権移転登記を経由されたい旨催促したから、この時においても控訴人は本件租税債務を承認し時効の中断があつたというのであるが、右の点については、控訴人挙示の乙第六ないし第八号証その他の証拠によつても、該事実を肯認するに足らない。却つて、右乙第八号証および当審証人安井修の証言並に当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が昭和三〇年中昭和税務署を訪れたのは、控訴人において物納として提供した本件建物につき、国より居住者に対して家賃の取立等がなかつたので不審に思い、その実情を聞き質すため出頭したのであるが、右の際同署員より、「財産税に関する事務は既に終了しており、係員も残つていないから事情は全く判らない」旨告げられ、更に東海財務局に赴き調査を求めたが、そこでも事情は不明で結局要領を得なかつた事実を窺い得るに止まるのである。してみれば、控訴人が右の頃税務官庁に対して、本件租税債務の存在を認め、時効の中断があつたとはとうてい解し得ないのである。

なお、被控訴人は、控訴人がこれより先昭和二二年一〇月二〇日頃、昭和税務所長より本件物納申請に対する許可書の交付を受けたから、これにより租税債務の暗黙の承認があつた如く主張するが、右のように単に税務署長より物納許可書の交付を受けた事実をもつて、租税債務の黙示の承認行為があつたと見ることは困難で、被控訴人の主張は首肯しがたい。

四、そこで、以上説示の各事実関係から考察すると、被控訴人が前述のように、本件物納不動産につき物納許可を登記原因として所有権移転登記をなした昭和三三年一〇月三一日当時においては、本件財産税は既に五年の消滅時効期間が満了して消滅していたものであり、右所有権移転登記は、既に消滅して徴収不可能となつた租税債務を基礎として経由されたものといわねばならぬ。

もつとも、被控訴人の主張によると、被控訴人は昭和二七年一〇月一六日本件物納不動産につき、物納許可を登記原因として控訴人のため所有権保存登記をなしたから、右保存登記手続は移転登記手続と同視すべきものであり、この時物納不動産につき対抗要件が具備し、租税債務が消滅したというが如くである。しかしながら、抑も所有権の保存登記なるものは、不動産所有権の最初の帰属者を表示するに止まり、じ後における所有権の変動関係まで公示するものでない。したがつて、当該不動産のじ後の所有権の変動をもつて第三者に対抗するためには、単に所有権の保存登記をもつて足らず、必ず所有権の移転登記を必要とするものである。前記財産税法施行規則第六〇条が、財産税の消滅を認める要件として、物納不動産につき所有権移転登記がなされることを要求しているのも、物納申請者が物納許可後右不動産を第三者に二重譲渡する等して、国の所有権取得を不能又は困難とすることを防止するためであるから、右は所有権変動をもつて第三者に対抗する要件たる所有権移転登記に限られ、所有権保存登記をもつてこれに代用し得るものでないというべきである。したがつて、被控訴人の右主張は容認できない。

又、被控訴人は、控訴人は昭和三三年八月一六日税務官庁に対し本件財産税の存在を承認し、時効の利益を抛棄したと主張する。しかしながら、一般に租税債務等の公法上の債務については、時効完成により債務が消滅した後においては、債務者は時効利益の抛棄をなし得ないものと解するのが通例であるから、かりに控訴人において被控訴人主張のような時効利益の抛棄行為があつても、既に右財産税が消滅時効の完成により消滅した以上、その時効の効果をくつがえし、租税債務が復活したものと考えることは不可能である。

なお、被控訴人の主張によると、控訴人は本件財産税について物納の申請をなすと同時に、財産税徴収猶予の申請をなし、右に対し税務官庁の許可があつたから、これにより時効の進行は停止せられ、対抗要件具備の時までに消滅時効は完成しなかつたという如くである。成立に争のない乙第一三号証によれば、控訴人は昭和税務署長に対し本件物納の申請をなすに当り、同時に財産税納付の猶予の申請をし、これに対する許可を得ていることが認め得るが、しかし、同号証の記載によつても明かなように、右財産税納付猶予(これにより財産税自体の徴収が猶予され、時効の進行を停止するものかどうかは疑問である)の期限は、控訴人より提出した物納申請に対し税務署長より許可又は不許可の決定あるまでの間に限られ、それ以後にわたり納付猶予の処置があつた訳ではない。したがつて、これにより少くとも本件物納許可のあつた後において時効の進行を妨げる筈なく、本件物納不動産につき所有権移転登記の完了した昭和三三年一〇月三一日までに、時効期間が満了したとなすことはなんら不当でない。

五、叙上のような次第であつて、本件物納不動産につき所有権移転登記がなされ、権利移転の対抗要件が具備した際には、右物納許可の前提となつた財産税は、既に消滅時効の完成により消滅していた訳である。すなわち、右時効完成により財産税は初めに遡つて消滅し、これに対する物納許可もその基礎を失つて効力を消失し、したがつて、右物納許可により一旦国の所有に帰した本件不動産の所有権も、当初に遡及して控訴人に復帰した次第である。換言すれば、控訴人は初めより本件不動産の所有権を失つたことなく、国もかつて右不動産の所有権を取得しなかつた結果となるのである。さすれば、本件において、控訴人より被控訴人に対し、本件不動産が控訴人の所有に属することの確認を求めることは(被控訴人においてこれを否認する以上確認の利益あること勿論である)正当というべく、又、控訴人が被控訴人に対し、右不動産につきなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求めることは、権利の実体関係と登記簿の記載とを合致せしめる意味において理由あることである。

よつて、控訴人の本訴請求はすべて相当として認容すべく、右請求を排斥した原判決は不当で維持しがたいから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 山口正夫 裁判官 神谷敏夫)

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